旭川志峯高等学校(北海道)の進学情報 | 高校選びならJS日本の学校

あさひかわしほうこうとうがっこう

旭川志峯高等学校

(旧旭川大学高校)

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旭川志峯高等学校出身の有名スポーツ選手

山部 佳苗さん プロフィール

山部 佳苗さん

柔道家 ミキハウス所属
リオデジャネイロオリンピック・柔道女子78kg超級銅メダリスト

PROFILE

1990年9月22日生まれ。北海道札幌市出身。父の影響で6歳から柔道を始め、中学3年生の時に全国中学柔道大会・70kg級で2位になる。旭川大学高等学校に進学後は2年生の時にインターハイ78kg超級3位、全日本ジュニアでは優勝を果たした。2009年に山梨学院大学に進学、同年の全日本ジュニアで2連覇、世界ジュニアでは3位となった。2010年、2年時には全日本学生柔道優勝大会決勝の大将戦で勝利し、山梨学院大学の初優勝に貢献した。また同年の講道館杯では初優勝を果たした。そして4年時には全日本選手権で初優勝を飾った。卒業後はミキハウスに所属し、全日本女子代表コーチである薪谷翠氏の指導を受ける。その後は国内外の大会で数々の結果を残し、2016年のリオデジャネイロオリンピックの代表に選出された。そして迎えた8月のリオデジャネイロオリンピックでは銅メダルを獲得し、道民栄誉賞が贈られた。2020年10月の講道館杯を最後に現役引退を表明。今後は柔道家として後進の育成や指導など、新たな道を歩き始めている。

山部 佳苗さんの学生時代は・・・

自分が頑張れば、全国大会にだって出場できる!

山部 佳苗さん写真
 柔道を始めたのは、やはり父と兄の影響だったと思います。練習場所に遊びに行っているうちに、いつの間にか遊びの延長で始めていました。それが6歳の時です。でも当初は友達に会えるのが楽しかっただけで、特に柔道はデビュー戦が開始3秒で負けているので楽しいとは思えませんでした(笑)。その後も勝ったり負けたりの繰り返しだったのですが、根っからの負けず嫌いな性格もあり、兄が優勝して自分が負けたりすると悔しくて、勝ちたいという気持ちが段々芽生えてきました。
 中学生になり、少しずつ全国大会など大きな大会に出場できるようにはなりましたが、1回戦で負けることが多く「やっぱり全国大会は強い子ばかりだな」くらいにしか思っていませんでした。それよりも、まず北海道で一番になりたいという思いの方がありました。また、柔道は好きでしたが、それ以上に面白かったのは全国大会で北海道から出て、いろんな所に行って友達が増えること。これは自分が頑張れば、全国大会に出られるというやる気にもつながっていきました。その結果が中学3年生での全国中学柔道大会での2位でした。でも、もう少し頑張ることができれば優勝できたという気持ちが強くなって、高校進学は北海道で一番柔道が強い学校を選びました。
 旭川大学高等学校は、柔道が強い上に厳しいと聞いていました。初めて家を出て寮生活になりますが、私自身、そういう中に身を置いて世間や先輩などいろんな厳しさを学んだ方がいいと思えたからです。実際に高校時代は学業以外は柔道の練習に明け暮れる毎日でした。当時の目標はただひとつ、インターハイ優勝です。中学生最後の全国大会は2位だったので、高校生最後のインターハイは絶対優勝したいという思いが強かったからです。

山梨学院大学からミキハウスへ、そして夢のオリンピックへ・・・

世界を目指すなら、薪谷コーチの指導が絶対必要だった

山部 佳苗さん写真
 練習後も毎日一人で走り、自分ができることは必死で頑張りぬいて挑んだインターハイ。でも2回戦で負けてしまい「こんなに頑張ったのに結果が出ないなら辞めたい」と心が折れてしまいました。監督にも「辞めたい。卒業後は子どもの頃からの夢だった警察官を目指します」と伝えました。でも監督は「まだまだできる、おまえの実力はこんなもんじゃない」と、折れた心に新たな勇気を与えてくれました。そして1ヶ月後の全日本ジュニアで優勝。監督が導き、繋いでくれた柔道への道だったと思います。
 卒業後は高校1年生の頃から声をかけていただいていた、山梨学院大学に進みました。1年生の頃から海外遠征にも行かせてもらっていましたが、そんなに結果を残せていなかったので、柔道は学生時代で辞めることも頭をよぎりました。でも今までの練習の厳しさや勝負の悔しさを考えると「まだ辞めたくない、後悔したくない」と思い柔道を続けることを決めました。新たな気持ちで挑んだ大学4年の全日本選手権での初優勝、次は世界で結果を出したいと思うようになりました。そして卒業後、世界を目指すためにミキハウスに入りました。
 ミキハウスに入りたかった理由はただひとつ、薪谷翠コーチがいたからです。大学時代、初の海外遠征で日本代表監督をされていたのが薪谷コーチで、柔道に向かう姿勢や考え方を教えていただきました。だから世界を目指すなら薪谷コーチの指導が絶対だと思ったし、もし断られたら柔道を続けるという選択肢もなかったです。社会人として国内外で結果を残せたことで、オリンピックに近づいていると感じ、2016年の全日本選手権優勝で、ついにリオデジャネイロオリンピック出場が決まりました。オリンピックは日本を出発する時から全てが特別で、緊張感もすごかった。でも、ここまでやってきたという自信を胸に畳に上がりました。結果は銅メダル、金ではない悔しさはありますが、必死でつかみ取ったメダルでした。

山部 佳苗さんからのワンポイントアドバイス

自分から貪欲に取り組む練習こそ、強さにつながる

山部 佳苗さん写真
 高校時代は寮生活で、月曜から日曜まで練習ばかりの毎日でした。朝はウエイトトレーニングだけですが、放課後には毎日3時間以上の激しい練習をやっていました。その内容は・・・
(1)体操・・・激しい練習に入る前の柔軟運動です。身体や筋肉をほぐしたり温めたりして動きやすくします。また怪我の予防にもつながる大事な体操です。
(2)打ち込み・・・打ち込みは、技に入るための形作りの練習です。実践で使う技を相手にかけて、実際には投げませんが、形を確認しながら反復練習をします。この時、相手は停止している状態で行います。
(3)移動打ち込み・・・次に実戦のように移動している相手に打ち込みをします。まず一人で寝技の打ち込み(技に入る形作りの練習)
(4)寝技・・・中学生までは寝技が規制されていますが、高校生からは全ての寝技が使えるようになります。まず一人で寝技の打ち込み(技に入る形作りの練習)をして、技を身体に覚えさせるようにします。次は実際に相手と技をかけあいながらの練習です。
(5)立ち技(投げ込み)・・・実際に相手を投げたり、投げられたりして身体で感覚を覚えていきます。この時受け手は、受け身の練習にもなります。
(6)立ち技(乱取り)・・・打ち込みで確認した技を、実戦形式で相手と技の攻防をします。練習の集大成とも言えるもので、一番時間をかけて練習していました。

また、練習後に走って体力をつけたりもしていました。高校生にもなると、強くなるためには何をすれば良いかを考えるようになりました。私は走るくらいしか思いつかなかったのですが、やらされるだけではなく、自分から貪欲に取り組むことで結果が変わってくると思います。自分から必死につかみ取った技や力は自信となり、試合でも生かされるはずです。

山部 佳苗さんからみんなへメッセージ

目標に向かい、コツコツやる大切さを学んでほしい

山部 佳苗さん写真
 私は2020年10月の講道館杯をもって現役を引退しましたが、振り返ると幸せな選手人生だったと思います。柔道で世界を目指し結果も出すことができました。学生時代には迷い、折れそうになったこともありました。でも、たくさんの人に出会い励まされ、支えてもらっていたことに今は感謝しかありません。これからは、私の経験や技術を後輩たちに伝えながら、世界のトップを目指せる選手を育てていきたいです。
 私は父が柔道七段だったので、子どもの頃はよく教えてもらいました。最初に教えてもらった技は「払い腰」で、以来ずっとやってきたので今は一番得意な、1本をとれる技になりました。得意技を身につけるには、一日一日、目標に向かいコツコツと頑張ることです。私は柔道を通して、頑張る大切さを学びました。毎日の積み重ねがやがてオリンピックのような大きな夢につながること。頑張ればその先に良いことが待っていると私は信じています。皆さんにも、頑張ることの大切さ、素晴らしさを経験して、笑顔で学校生活を送ってほしいです。

※プロフィール等は2020年12月時点のものです。

所在地/問い合わせ先

所在地
〒079-8505 北海道 旭川市永山7条16丁目3-16
TEL.0166-48-1221 
FAX.0166-48-0740 
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